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いじめられっ子はなぜいじめられるのか理由を書くぜ

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世の中にはなぜいじめられっ子はなぜいじめられるのか?という謎の疑問を抱く人々がいるようです。

元いじめられっ子の僕からすると、本当に謎の疑問です。

いじめられっ子がなぜいじめられるのか、それはですね....

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弱いからに決まってるでしょ

もうホントこれ。

弱いから、という理由に尽きます。

僕は元々いじめられっ子でした。

集団でしかいじめられない奴の方が弱い、などという意見を見かけましたが、イヤイヤ、集団が作れる人間の方が強いに決まってるじゃん。

いじめられっ子が、集団に入り込むことができるんだったら入ってますよ。

入ることができないから、集団からのけものにされ孤立されるんです。

孤立した結果、さらに弱くなる。

男子からは殴る的とされ、女子からはバイキン扱いされる。

こんな人間のどこが強いと言えるのだろうか。

学力も低かったし運動もできない。

おまけに清潔さには欠けるし家は貧乏。母親はお金の管理ができない家庭でした。

なんか振り返ってみると馬鹿にされてもしょうがないよなあと思います。

とはいえ劣等感は抱いていません。

自分が変わらなければいけない、と感じて二十歳の頃に弱い自分と決別することを決意しましたからね。

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いじめっ子、いじめられっ子、どっちが強いのかという論争に意味は無い

いじめっ子といじめられっ子、どちらが悪いのかという論争に意味は無いという記事を書きましたが、このどちらが強いのかと言う論争も意味が無いと思います。

いじめられっ子を勇気づけたいとか、いじめを否定するために言っているということは理解できます。

しかし、どちらかが強いということが決められたからといって、なにが変わるのでしょうか。

いじめられっ子の方が強いという結論が出たとしましょう。

で、強いと決まったらいじめられっ子はいじめらなくなるとでも言うのでしょうか。

僕はいじめられていましたが、いま振り返ればいじめられても仕方がないようなやつだったと思います。

例えば出すべき課題を提出できなかった時はよく仮病を使ってズル休みしていました。

あだ名が「ズル休み」とつけられたときもありました。

相手の気持ちを考えずに発言してしまったことも多々あります。

そういった人間が仮に強い、と定義されたらおかしくありませんか?

まあ、いじめられっ子のすべてが僕のような卑怯者だとは言いませんけどね。

結局言いたいのは、いじめ問題というのは当事者たちによっていじめが起きている理由は異なるので、「強い」とか「弱い」などの二元論で語れるような問題ではないということです。

人の数が多ければ多いほど、いじめが起きている理由は異なります。

本当にいじめられっ子に否がない場合もあれば、いじめられっ子にもいじめられてしまうなりの否がある場合だってあります。

どうも日本人は問題の答えをひとつにしたがる傾向にあるように思います。

たとえ、ひとつの答えにするにはあまりに難しい問題だったとしてもです。

本当にすべきことは、ケースバイケースで異なる問題を、各個人が解決できる力を身につけるにはどうするべきか?ということを考えることだと思います。

だって上述したように、人によって違う問題なのですから、当事者それぞれがそれぞれの問題に対応できるようにしたほうがいいと思うんですよ。

そうした方がより健全だし、いじめの問題を少しでも解決できるのではないかと思います。

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